72年後の8.6
毎年書いているが 僕は生粋の被爆三世。
父方は上天満、爆心地から一キロほど、 母方も祇園あたり、車で15分くらいのところ。
両祖父母とも被曝したが生き残った。全員被爆手帳を持っている。
御近所さんも皆さん同じ。周りのおじいさん、おばあさん、それぞれの体験を、幼いころから 聞かせてもらった。
お隣のおばあちゃんの皮膚に青い点々があるのは、飛び散ったガラスが刺さり、抜いた痕が残っているから、、、
小学5年生の時に家の建て替えで土地を掘っていくと、ひん曲がったラムネ瓶などがゴロゴロ出てきてそれを大事に机にいれていた、、、
など身近なエピソードは挙げればきりがない。
高校のクラスの友達たちも、多くは被爆2世、3世だから、世通し語り合ったこともある。
授業でも「平和学習」っていう時間が1週間に1回?くらいあって、はだしのゲンはみんな一度は手に取って。
そんな環境で育ったから、原爆、そしてその被害、も自分なりに解釈していることがあり、 人間の強さと弱さ、永続と儚さ、も原爆通じて考えてきた。
そんな8月6日。今年で72回目。
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