スタートの経緯
2013年、芳賀さんが65歳を迎えられるころ、 「70までに廃業をしたい。」 との話があり、前々から言われていたことでもあったので、 「我々エニシングのほうで機械を引き継いで製造していきたい」 との話をした。
その後、2013年の秋に福田が入社し、埼玉羽生を経て豊橋へ。
2015年の秋に影山、前川が入社
2018年4月に田内が入社、
と計画的に豊橋の製造を行う職人たちが入り、人材面は芳賀さんに多大なる協力をいただきながら進めて行った。
その一方で、芳賀さんが70歳の古希を迎えられる2018年6月末までに、新工場建設の土地は何とか見つけたいとの思いで、
2015年からゆるやかにスタートした。
きっかけは、当時、エニシングのイベントにちょくちょく顔を出してくれるようになった 豊橋市役所「東京事務所」の小久保さん。 僕より5つくらい?若い男性で、フットワーク軽く、休日に何度も取材を兼ねてイベントに来てくれる。
そこで「これから豊橋で新工場プロジェクトを始めたいんですよ。よかったら協力してください。」と話したところ
「分かりました!豊橋にいるメンバー(市役所の職員さんたち)に声かけてみます」
とのことで、豊橋ではなく、東京で、このプロジェクトの小さな一歩がスタートした。
(振り返って) ・ご当地豊橋、ではなく、東京で、スタートしたこと ・小久保さんはじめ、この人は!と直感で思った人に、将来の計画を話していたこと ・何か相談したらすぐに動いて下さる仲間たちと早い段階で出会えたこと
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2015年9月29日、影山、前川の入社が決定
2016年3月に倉敷の武鑓社長に連れて行ってもらったGパン工場
中が見えて見学できる、など参考になることを蓄積していった
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